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ぶっくさーばんと! 〜沙夜子のおつかい〜

by 蔵月古書店

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「えっと、餓鬼を退治する魔物は……」
 前に喚んだ魔物を思い出しながら、懐から取り出した本『遠野霊異記(とおのりょういき)』をぱらぱらめくる。遠野霊異記とは、先祖代々から伝わる魔物を封じ込めた本だ。私の一族は、その本に封じ込めた魔物を呼び出し操ることで強大な力を得ることができ、現世(うつしよ)に出でた邪悪な者たちから人びとを守っている。
 魔物を召喚するには、本に書かれた「<詞(うた)」を用いる。詞を呼んでいる間は特定の魔物を現世に召喚でき、召喚した者の思い通りになるのだ。
「あった、『地獄の番犬』。門を護りし三つ首の犬よ、勇ましき顎は獅子を噛み砕き滴る涎で……きゃっ!!」
 遠野霊異記に書かれた詞を口にした瞬間、餓鬼は私の方を向いて唾を吐きかけてきた。
 それは緑色をした粘着質の液体で、私はとっさに身体を反転させる。
 とっさに避けたために唾は私を逸れて、背後にある建物の壁にべちょりと張り付き、しゅうしゅうと音を立てながら白い煙を吐いた。
「あわわっ……」
 ――ああ、牛鍋屋さんごめんなさい。トレードマークの牛さんが溶けてしまいました。でも、牛鍋に使う肉牛は白黒模様では無いと思うんです。
 きしゃーと声をあげている餓鬼は、もう由比ちゃんには目も暮れず私に向かって敵意を露わにしていた。これで魔物が召喚できれば今すぐにでもやっつけられるのだが、今は迫ってくる餓鬼を避けるだけで精一杯だった。
「く、黒鵺さんっ!」
 そうだ、黒鵺さんさえいれば――。
「ううん。そんなこと言ってるからガァ子ちゃんに怒られるんだっ! とりあえず、由比ちゃんから離れて……」
 由比ちゃんを襲わなくても、これからにぎわってくる路地に出るわけにはいかない。

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